小説部屋

俺と空と狐
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女は息を呑み、固まる。しかしそこから立ち去る気配は一向に無かった。それどころか女は躊躇無く俺の腕を取ると、自分の首に回し支えるようにして一気に立ち上がらせたのだ。

俺は驚いて思わず目を見開く。

「てめっ…何する…」

「一人で立ち上がれないような人を放っておけませんから」

女は俺を支えたままつかつかと歩き出す。自分より頭一個分あるであろう男の体をこの女は軽々と引っ張り上げたのだ。ローブを被っていて分からないが、細い腕から察するに華奢な体のはず。どこにそんな力があるんだと思うほど、ソイツは幼く見えた。

俺は半分引きずられるような形で歩く。

「どこに連れてく気だ」

「家です。オレの家」

おれ?

ふいに出た一人称に俺は疑問符を浮かべた。まさかコイツ男?…いや、俺の思い違いか。それともクセか。

俺は訊ねてみた。

「オマエ…男なのか」

「え?」

「何でそんな力あんだ。そんな細ぇ腕して。」

横顔で良く分からないが、ソイツは苦笑する。

「侵害だな。女だと思われてたなんて。…オレは歴とした男ですよ」

「なに?」

俺は言葉を失う。

「それについ最近まで士官目指してましたから、細くても体力には自信ありますよ」

「…わ、悪りぃ」

俺はいたたまれなくなって頭を垂れた。女だと思いこんでいたが、確かに声は男に聞こえなくもない。

「いいんです。時々間違われることあるんで…」

ソイツは苦笑いを浮かべた。

「…それが士官を目指してた理由か」

「え?」

一瞬考えた後、ソイツは「あぁ」と俺の意図に気付く。

「そうなの…かな。オレの父が遊撃隊で、いつもみんなに頼られて、戦って、正義を貫いていたから。オレも強くなりたくて目指してた部分もあります。…って言っても、今は違うんですけど」

心なしか寂しそうに目を伏せる男。
余計なことを言っちまったか。

俺は話の方向を変える。

「じゃぁ今は何したいんだ」

「今は―…あ」

男はふと上を見上げた。
俺も見やると、目の前には薄汚れて今にも崩れそうな、寂れたアパートがあった。

「ここです。オレの家」

いつの間に着いたらしい。周りは暗く不気味だ。来た道からして裏路地か。

「随分古いな。今にも倒壊しそうだぜ」

「その代わり家賃は安いし、一人だからあまり支障ないですよ」

「一人なのか?」

「はい。父さんも母さんも随分前に死んだので」

「……」

俺は言葉を失う。さっき言ってた親父、死んでたのか。

「…見ず知らずの野郎を家に入れていいのかよ?」

「そこでのたれ死なれても困りますから」

「随分簡単だな」

「そういうの、放っておけないタチなんです。オレ」

もしものときは投げますからね。と、男は笑いながら言った。
随分自分の腕に自信があるようだ。まぁ、冗談にはとれねぇが。
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